5.NDB(ナショナルデータベース)と医療費

平成29年3月16日 栗山 聡

【はじめに】
21世紀に入り、いろいろな分野でビッグデータの集積とその活用が行われている。保健医療分野におけるNDB(National Data Base レセプト情報・特定健診等情報データベース)もその使用方法が議論されている。「高齢者の医療の確保に関する法律」のなかで中長期に医療費適正化を進める仕組みを構築するための調査分析を行うために整備されることとなったものであり、電子レセプトデータと特定健診等を匿名化しデータとして蓄積したものが厚生労働省保険局に集積・管理されている。
当初の主な目的はレセプトデータから医療費の実態を正確に把握し、特定健診等データを経年的に分析し生活習慣病の発症・重症化の防止効果等を評価し両方のデータを突合し生活習慣病予防対策が医療費に及ぼす影響等について評価することであった。

【NDBの使用】
平成21年より収集されたデータは平成23年より医療費適正化計画を策定するための資料としての利用だけでなく、エビデンスに基づく医療サービスの質の向上や分析・研究などに活用していくという方向で、官公庁や研究者の資料作成に利用されるようになっている。

  1. 特別抽出として(研究に必要と考えられる指定した項目のみ提供)
  2. サンプリングデータとして(月単位の構成比が変わらないように入院10%・外来及調剤の1%を抽出)
  3. 集計表として(目的別の集積済みデータの提供)

また、平成27年より東京大学・京都大学にオンサイトセンターが設置されセキュリティーの基準に達しないものにもデータの活用を広く進めようと議論が行われている。それとは別に昨年の10月に第1回目のNDBオープンデータが厚生労働省から公表された。
NDBオープンデータ作成の目的は、民間の研究者などがレセプト情報を自由に活用できるようにするための試みであり、その集計対象と公表形式は、以下の図(厚生労働省資料より)に示すとおりである。

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今回公表された内容は、今まで1ヶ月分であった医療行為別診療統計を1年間分に広げたような内容であった。さらに歯科においては②(う蝕・歯周病・喪失歯)のわずか3疾患だけであった。2回目のデータ公表は、平成27年のレセプトデータと平成26年の特定健診情報から作成し。1回目のものに加算点数(入院基本料の看護配置加算、手術料の時間外加算など)の追加と薬剤データの薬効別に処方数の上位100位までを公表する形で作成するようである。歯科においても徐々に増えていくと考えられる。
これとは別に歯科においては歯科材料出荷量とレセプトデータ請求との比較などに用いられ点数改定などに利用されている。

【NDBの問題点】
レセプトデータを匿名化する段階で、同一人物がいくつものIDを持ってしまうという問題が生じ、レセプトデータと特定健診情報を突合する確率が低いものとなった。その為「平成25年度に実施する第1期医療費適正化計画の実績に関する評価に関する基本的な考え方について」(平成25年6月28日付事務連絡)においてNDBシステムに集約・保存されているごく一部に基づいた推計ツールによる方法によりメタボ該当者とそれ以外のものに年間平均総医療費に9万円の差があるとしたが、翌年の「特定健診者・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ」が「第2次中間とりまとめ」(平成26年11月)として公表したもの(約8000円の減から1500円の増の間)とでは大きな開きがでたのである。このようにデータの使い方によっては大きな誤差が生じる可能性はあるが改善される方向にある。

【NDBの活用】
NDBは他の分野と違いデリケートな情報が存在している。したがってNDBの活用は国民(患者)にとって価値のあるものと判断されるようなものでなければならない。その為には以下のような要素が必要になると考える。

  1. 診断や治療法が難解な疾患に対して個人の症状や体質をビッグデータの活用や、AIによる分析によって迅速・正確な検査→診断→治療が享受できるICT環境となること。
  2. 環境面では専門医がいない地域であろうと、病院へ出掛けにくいお年寄りであろうと専門医療や生活環境を享受できること

以上の環境が、日本全国の健康、医療、さらに介護のネットワークとつながり、かかりつけ医だけでなく、他の医師とも連携しながら切れ目のない診療やケアが受けられるような環境を確立することになる(たこつぼ化の防止)。
患者個人としての検査・薬などの重複を避けることが可能となり負担が軽減される(=医療費の削減)、さらに新たな個々のデータを集積し、単に集めるだけでなくAIを用いて分析を施し、※NCD(National Clinical Data)化を図り、アウトカム志向から国民(患者)のためになる価値あるデータベースとすることであると考える。
この動きを目指し実現すことこそがNCDを利用・活用してその成果を社会全体へ還元しようとするシステム(医療の効率性を経済的に評価するシステム)といえる。医薬品の安全対策や疾患の原因究明が革新的な創薬をも可能にしており、今現在も抗がん剤の新薬の開発や抗がん剤の相乗効果などについてはこのシステムによるものも出てきている。(がんに関してはビッグデータがすでに動いているといえる。)
また、医療資源のより良い配分や健康関連サービスにより、保健医療の質の向上につながり、さらには医療費の削減が期待できる。
では、データベースに歯科診療データがどのような形で収載されるべきなのだろうか。医療界ではEBMと言われ始め、このエビデンスが基礎となってガイドラインが生まれた。
また歯科は医科から後れを取らないように各学会がガイドライン作りを競って行った。このガイドラインの治療基準に沿うことによって得られるデータが、歯科疾患と医科疾患の関連性を導き出すことになる。その関連性を見つけだす基礎としてNDBが活用され相関性を示すことが歯科疾患の医科疾患への関わりを証明することである。
糖尿病と歯周疾患や呼吸器疾患術後の肺炎と口腔内清掃のとの関連性、さらには8020達成者と総個人医療費などの相関性がやっと近年になって明らかになり始めた。これらの医療費との関連性を証明することは難しいが、今言えることは歯科医療費の方が関連する医科医療費に比較して低いこと、歯科医療が進んでいると関連医科医療も重症化を減らせるということだけは感覚的には理解されてきている。このことが国民全てを対象としたコホートとなると、信頼度が格段に上がるものとなる。そのことは歯科に明るい未来をもたらすかもしれない。

【まとめ】
これからの保健医療システムにNDBが一役かうことは間違いない。それにより全体の大きな方向性が示され医療費の効率化が示されるであろう。そのことは我々の裁量権をますます小さなものとするかもしれない、また万能型と思えるデータシステムにも必ず穴がある。政府はマイナンバーカードの普及のために保険証代わりに使うことを容認したが保健データ以外との結びつきが問題になることも考えられる。 AIに頼った医療やその解析には個々の個体差を確率で判断するので誤判断を導き出す可能性もあり、経済財政諮問会議が診療報酬に口出しをしてきている今、生データの一つ一つが非常に重要なものであり、その扱いを慎重に議論すべき時期に来ている。

※外科系臨床学会が連携し我が国の医療の現状を把握するため設立された一般社団法人で、患者の手術による死亡率や合併症の危険性の他に自施設のパフォーマンスなどを数値で示すこともできる

 

参考文献
厚生労働省保健局医療介護連携政策課保険システム高度化推進室:レセプト情報等の提供に関する有識者会議
第10回歯科診療情報の標準化に関する検討会
医療費の適正化に向けた取組の実施状況についての報告書(平成27年9月会計検査院)