7.高齢者医療と患者自己負担

平成28年9月15日
柴田えり子

【はじめに】
先日、厚生労働省より平成26年度の国民医療費が公表された。その額は40兆8071億円であり、日本の国民医療費は平成14年を除き増加の一途をたどっている。その要因の一つとして高齢者の医療費増加が挙げられている。今般発表された国民医療費をみると、人口一人当たりの国民医療費では65歳未満は17万9600円、65歳以上は72万4400円である。そこで、現状の高齢者医療とその自己負担について考えてみた。

【高齢者医療の現状】
年齢別人口は平成26年10月の総務省統計局データー1) によると、老年人口(65歳以上)は3300万人で、全人口の26.0%を占める。また、後期高齢者となる75歳以上人口は1591.7万人で12.5%であり8人に1人が75歳以上人口となっている。現在、65~67歳(昭和22~24の第1次ベビーブーム)世代が75歳以上になる10年後には、後期高齢者人口が確実に増加するという状況である。
高齢者歯科医療について考える場合、高齢者の心身の特性を把握する必要がある。後期高齢者では、循環器系疾患と筋骨格系疾患による外来受診率が増加し、循環器系疾患では特に高血圧による受診が多く、入院受診率では脳血管疾患によるものが多くなっている2・3)。 このことは高齢者歯科医療に際し、循環器系疾患を有する患者さんの存在が示唆され、我々は循環器系疾患に対する知識を再確認する必要があると思われる。また、次に述べる認知症と脳血管疾患は大きく関わりがある。
現在、高齢者といえば認知症という言葉が思い浮かばれる。認知症の人は厚生労働省研究班の調査から、平成24年で約462万人、65歳以上高齢者の7人に1人と推計されると報告され、平成37年には約700万人なると推定され約5人に1人と試算されている。高齢者認知症の大半は、アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症であり、高齢者認知症の人への歯科医療を円滑に行うために、それぞれの認知症の特徴を理解し歯科医療及び継続的ケアの計画を立てる必要がある。認知症などで介護認定を受けている人口は平成21年4月の段階で469万人であり4)、これら要介護高齢者の多くは口腔内に問題を抱えているにもかかわらず、歯科医療を受けることができなくなっている。この最大の理由は、これらの人々が歯科診療所への通院が困難となっていることが考えられる。
厚生労働省が調査した「年齢階級別歯科推計患者数及び受診率」によると高齢者の歯科医療は外来を中心に行われ、歯科受診は70~74歳をピークにその後急速に減少している状況である5)。別の調査によれば、要介護者の74.2%は何らかの歯科医療が必要であるが、実際に治療を受けたのはわずか26.9%というのが実状で、計算すると469万人×74.2%×(100-26.9%)=254.7万人、これらの人々が歯科医療を必要としているにも関わらず歯科医療が受けられないのが現状である。
このことより高齢者歯科医療の特徴として、診療所内での治療のみならず、高齢者のもとへの訪問診療が不可欠であろうと考えられる。
ここで、高齢者歯科医療における実際の治療内容を歯科医療費から見てみると、一般歯科医療に比べて「歯冠修復及び欠損補綴」の割合が高い6)。これは、高齢者はう蝕発生のリスクが高く、この歯科疾患が放置され歯の喪失を引き起こすことが原因と考えられる。
しかしながら、高齢者の残存歯数は年々増加傾向にあり、80歳で平均14本の歯が残存している。現在、厚生労働省や日本歯科医師会が推進している「8020運動」の達成率は35%であるが、問題となっている65~69歳の歯数は20本を超えている7)。 この歯数を維持していけると、咬合・咀嚼の低下を最小限に抑えられるが、そのためには継続的な口腔ケアが不可欠であろう。

【患者自己負担の現状】
高齢者医療における患者自己負担について考えると、健康保険の一部負担金が大きな割合を占めると思われる。現行では75歳以上は1割(現役並み所得者は3割)、70~74歳までは1割もしくは2割(現役並み所得者は3割)、70歳未満では3割を窓口で支払はなければならない。ちなみに、現役並み所得とは年収平均が約370万円以上である。
厚労省の平成27年度統計によると75歳以上の一人当あたりの平均医療費は94.8万円である。65歳以上の年収は、厚労省の国民生活基礎調査平成27年度版をみると297.3万円であり、このまま医療費の一部負担金を負担すると生活ができなくなると思われる。しかし、高額療養費自己負担限度額8)が定められており、月単位の上限額は70歳未満では、年収約370万円以下の方で57600円、住民税非課税の方で35400円。70歳以上では、年収約370万円以上で44400円、年収約370万円以下で12000円、住民税非課税で8000円である。
また、高額介護合算療養費制度9) もあり、これは1年間の医療保険と介護保険における自己負担の合算額が著しく高額になる場合に、基準額を超えた金額を払い戻すことで負担を軽減する仕組みである。被保険者の所得・年令に応じてきめ細かく設定してあるが、大まかに述べると70歳未満の方々は、年収約370万円~770万円で67万円、年収約370万円以下で60万円、住民税非課税で34万円である。70歳以上では、年収約370万円以上で67万円、年収約370万円以下で56万円、住民税非課税で31万円である。住民税非課税で年金収入が80万円以下は19万円である。以上が現行における医療費の自己負担である。
総務省統計局の家計調査によれば60歳以上の高齢者世帯では、現在の貯蓄額の平均が2396万円である。しかしながら、中央値で見ると1592万円であり、多額のお金を所持している一部の世帯が、平均値を押し上げている状況といえる。この1592万円という金額にしても若い世代の人に比較すると高額の資産保有である。マイナンバー制度の導入により個人の資産保有状況が明確になり、高齢者世帯の保有資産の拠出による経済の活性化も検討されている。またそれに伴い高齢者医療費の自己負担率についても考えるならば、現在の医療保険制度に組み入れるとすれば、所得・年齢・資産による区分を検討するものと思われる。

【まとめ】
これからの高齢者歯科医療はその対象である高齢者の全身的状態の把握が必要であり、生活環境を考慮し診療所内の治療と訪問診療が求められることになる。また、治療内容としては咬合・咀嚼機能を回復し、その維持を図るために継続的な口腔ケアが中心となるであろう。しかしながら、口腔ケアについて現在の状況は歯科医師、歯科衛生士のみならず、医療関係者も行うことができる状況になっており、歯科関係者の関与が減少する可能性も含まれており、その対策に関しては一個人の歯科医院では対応できず、歯科界全体で考えなければならない問題もある。
今後の医療費の増加、年金の減少などに伴い高齢者の医療費自己負担割合の軽減は難しいものと考える。その対策として歯科界は常日頃より口腔ケアをしっかり行うことにより健康寿命の延伸が可能となり、医療費削減が現実になることを広くアピールし、認識してもらうことが必要である。

引用文献
1)総務省統計局 我が国の人口ピラミッド
http://www.stat.go.jp/data/nihon/g0402.htm
2)外来受療率(人口10万対)傷病分類別
3)入院受療率(人口10万対)傷病分類別
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1005-4g.pdf#sea
4)要介護度別認定者数の推移
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/seminar/dl/02_98-02_2.pdf
5)年齢階級別歯科推計患者数及び受療率
6)後期高齢者の歯科医療
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/database/
7)残存している歯の数・年齢階級別
http://tokuteikenshin-hokensidou.jp/news/2015/004283.php
8)高額療養費自己負担限度額
http://www.k-cycle.com/2009/06/post-8.html
9)高額介護合算療養費制度
http://www.mhlw.go.jp/topics/2009/07/dl/tp0724-1b.pdf