5.専門医制度について

専門医制度について

平成28年8月18日 小倉陽子

【はじめに】
医学・歯科医学の発展に伴い、歯科医療が高度化するとともに分野が細分化かつ専門化してきている。このような状況において、患者が「安心して高度な治療を受けたい」と考えるのは自然の流れであり、求められる歯科医療のレベルもまた高くなる一方である。現在、国民が求める歯科医療の多様化に対応しつつ、安心・安全な医療を提供するため、専門医制度の見直しが行われている。ここでは医科の専門医制度の現状と併せて解説する。

【現状と問題点】
平成14年4月1日付けの医療機関の広告規制の緩和に伴い、医師・歯科医師の専門性に関し、告示で定める基準を満たすものとして厚生労働大臣に届け出がなされた団体の認定する資格名が広告できることとなった。現在、歯科においては5団体の5資格名が広告可能となっている(表)。

専門医制度について図

しかし、「専門医」は上記以外にも存在しており、日本歯科医学会に属する21の専門分科会のうち17学会が、22の認定分科会のうち21学会が、それぞれの学会基準で専門医・認定医制度を設け各領域の専門家を養成しており、またこれ以外にも専門医制度を設けている団体は存在する。すなわち、一言で「専門医」と言ってもその認定基準は様々であり、レベルも様々である。
一方、広告可能な医業・歯科医業の診療科名は昭和23年に制定された医療法施行令(政令)において限定されており、歯科医業については歯科、矯正歯科、小児歯科及び歯科口腔外科のみとなっている。つまり、現状では「専門医」として広告できるものと、「診療科名」として標榜できるものとの整合性がなく、歯科医師にすらわかりにくい現状は、その広告や標榜をもとに歯科医療を選択し提供される側の患者にとってはなおさらである。
前述した平成14年の広告規制緩和において、専門性に関する資格名について厚生労働大臣が定めた事項(医療法 昭和23年法律第205号第6条の5第1項7号に基づく)では、認定に必要とされる研修体制や試験制度等に関する基準は、①学術団体として法人格を有していること、②医師又は歯科医師の専門性に関する資格の取得条件を公表していること、③資格の認定に際して適正な試験を実施していること等となっている(平成19年厚生労働省告示第108号より抜粋、順不同)。しかし、これらを含め提示された9項目のうちのほとんどが団体としての外形基準であり、専門医としての質を保証するものではないため、問題とされてきた。
医科ではこれに加え、専門医による医療事故症例の事案を踏まえ、平成23年10月から計17回にわたり厚生労働省において「専門医のあり方に関する検討会」が開催された。平成26年5月には、医療関係者や国民の代表などを含め中立的な立場となる第三者機関として「一般社団法人日本専門医機構」が設立され、プロフェッショナル・オートノミー(専門家による自律性)を基盤に専門医の質を保証できるような新たな専門医養成システムが構築された。この制度は、新設される総合診療専門医を含む基本的な診療領域(19領域)を専門医制度の「基本領域」とし、医師は初期臨床研修終了後にこのうちのいずれかの専門医資格を取得することが求められ、その後希望する者はサブスペシャルティ領域専門医を目指すという2段階制となっている。現行の学会認定専門医については、今後制定される移行基準を満たした医師から新制度の専門医として認定可能としたうえで、本制度は平成29年度を目安に開始されることとなっていた。しかし、地域医療への影響や医師・診療科の偏在化等の問題点が相次いで指摘され、混乱状態を極めた結果、全面的実施は1年延期されることとなった。(平成28年8月中旬現在)。

歯科では、かねてより日本歯科医学会、日本歯科医師会と有識者で構成された専門医制協議会により協議が重ねられた結果、平成26年11月に厚生労働省に「歯科医師の資質向上等に関する検討会」が設置され、その下部組織である「歯科医療の専門性に関するワーキンググループ」が平成27年の4月より始動した。医科のように、中立的な立場を持つ第三者評価機関を設立し各学会が認定する専門医制度を評価するべきとの考えと、設立に反対する意見もあり、両論が存在する現時点では一定の方向性を得る段階には至っていない。そうした中、平成28年7月21日、日本歯科医師会では「歯科医師専門性に関する協議会」の設置が発表された。これには日本歯科医師会のほか、日本歯科医学会連合、歯科医療振興財団、国公立大学歯学部長・病院長会議、日本私立歯科大学協会、日本歯学系学会協議会に加え、オブザーバーとして厚労省も参加する。認定の評価基準や新たな制度のあり方を検討するとともに、必要があれば第三者機構「歯科医師専門性評価機構(仮称)」を設立することを方針としている。本年9月にも初会合が開かれる見通しとなっており、今後の議論の推移が注視される。

【まとめ】
平成26年の厚生労働省調査によると、医科では医療施設従事者のうち6割以上が病院や医育機関に従事しているが、歯科医師の場合8割以上が診療所に従事しており、その多くはいわゆる一般歯科医として幅広い領域の診療を担っている。また、広告可能な専門医資格取得者の割合は、医師が約6割弱であるのに対し、歯科医師は1割にも及ばず非常に少ない(広告できないものを含めば2.5割程度)。このように、現状においてかなりの差異があることから、当然ながら歯科の専門医制度は医科に準えて検討することはできない。しかし、今後どのような制度が制定されるかは別として、この機会に「専門医」には社会的な重みとそれ相応の責任が伴うことの自覚が必要とされることは、医師にも歯科医師にも共通して言えることであろう。
どんな分野であっても、決められた制度や基準など、一度決めたものはそう簡単に変えることはできない。それはその組織が大きければ大きいほど困難なことである。だからと言って、決められたものの適否を顧みずそのまま使い続けていては、昨今の目まぐるしく変化する社会の中では瞬く間に化石となってしまう。必要なのは、一番大事なことは何かを見極め、守るべきこと、変えるべきことを判断し、その時代に合わせて柔軟に対応していくことだ。歯科の新専門医制度の制定には相当な時間を要することが予想されるが、国民が安心して適切な歯科医療が受けられる環境を作ることと、歯科医師が真摯に自己研鑽を重ねきちんと評価される環境が整うことが期待される。

今回、医科・歯科の専門医制度を考察するにあたり、歯科医師の自己研鑽の場の一つとして校友会が提供するものの重要さを改めて認識した。今後も会員の歯科医療のレベルアップに役立てるよう、校友会としてより一層の努力で取り組んでいきたい。

【参 考】
1)歯科医学教育白書2014年版 第13章専門医制度
2)http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/06/tp0627-1.html
3)http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/06/dl/s0611-5b.pdf
4)http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000094739.pdf
5)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/14/
6)http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000300ju-att/2r985200000300lb.pdf