4.医療費適正化のためのインセンティブ

医療費適正化のためのインセンティブ

平成28年4月25日
佐藤 全孝

【 はじめに 】 ※インセンティブ=目標を達成するための刺激。誘因。
今回の課題で私たち歯科医師は、この国・都道府県の取り組みを十分に理解して歯科医療が全体の医療費適正化に大きく関わっていることやインセンティブを高めるための重要な役割があると考えられる。わが国は、国民皆保険のもと安心して誰もが医療を受けることができる医療制度を実現しており、高い保健医療水準や世界最長の平均寿命を達成してきました。しかし経済の低成長、急速な少子高齢化、国民生活や意識の変化など医療を取り巻く様々な環境が変化してきており、国民皆保険をこのまま堅持し続けていくために国民生活の質の向上と維持を確保して、今後医療費が過度に増大しないようにして、適切かつ良質な医療を効率的に提供する体制の確保を図っていく必要がある。このため平成18年の医療制度改革で医療費適正化を推進するための医療費適正化計画に関する制度が創設された。

【 医療費適正化基本方針(計画) 】
国民の高齢期における適切な医療の確保を図る観点から、医療費適正化を総合的かつ計画的に推進する為に、国・都道府県は医療費適正化基本方針を策定し6年を1期として医療費適正化計画を定める。また、都道府県は、医療費適正化基本方針に即して、医療費適正化計画を定めることになっている。
根拠法:高齢者の医療の確保に関する法律
作成主体:国・都道府県
計画期間:5年(第1期:平成20~24年度、第2期:平成25~29年度)
※平成27年5月の医療保険制度改革により第3期計画以降の計画期間は6年
現在の第2期医療費適正化計画の目標
<住民の健康の保持の推進に関する目標>
1)特定健康診査の実施率に関する目標(数値)
2)特定保健指導の実施率に関する目標(数値)
3)メタボリックシンドロームの該当者及び予備群の減少率に関する目標(数値)
4)たばこ対策に関する目標
<医療の効率的な提供の推進に関する目標>
1)医療機能の強化・連携等を通じた平均在院日数の短縮に関する目標
2)後発医薬品の使用促進に関する目標
※厚生労働省は平成28年3月31日、高齢者医療確保法に基づき、平成30~35年度の6年間を期間とする「第3期医療費適正化基本方針」を告示した。基本方針は、都道府県が適正化計画を策定する際の指針とし、第3期から後発医薬品の使用割合や医薬品の適正使用、生活習慣病等の重症化予防など適正化に取り組む施策と目標を新たに追加するなど、内容を大幅に改正。計画中に達成すべき後発品の使用割合は、政府の「骨太の方針」を踏まえ、「80%以上」の数値目標を設けた。また、第1期(20~24年度)、現行の第2期(25~29年度)で適正化策の柱に掲げている平均在院日数の短縮目標を第3期から除外し、病床機能の分化・連携の推進などを踏まえた入院医療費の目標を設定する。都道府県は、これらの適正化効果を織り込んだ35年度の入院、外来それぞれの医療費目標(医療費の見込み)を計画に記載する。医療費目標の算定方法は、今回の基本方針には盛り込まれておらず、今夏に基本方針を一部改正し、この中に反映する。(医療費目標算定式は今夏に提示)
医療費適正化計画目標の2本柱
1)住民の健康保持・・・
目標 ①特定健診実施率=70%
   ②特定保健指導実施率=45%
   ③メタボリックシンドロームの該当者・予備軍の減少率=25%以上
   その他、数値目標を明示しない形で3項目追加
   ・予防接種、生活習慣病等の重症化予防、その他の予防・健康づくり
2)医療の効率的な提供・・・
   目標 平均在院日数の短縮を外し、これに代わって2項目追加
      ・後発品の使用割合80%以上、医薬品の適正使用の推進

【 医療費適正化計画の見直しについて 】 法改正事項(平成27年5月成立)
①医療費の見通しや行動目標の見直し
地域医療構想と整合的な『医療に要する費用の見込み(医療費目標)』を定めるよう見直し
『行動目標』を医療費適正化効果との関係で見直し
医療費の推計方法・行動目標の推計式等を提示
②要因分析・対策実施の強化
都道府県は『地域医療構想に基づく医療提供体制の整備』『医療保険者の取組の進捗状況管理』を担う
③策定プロセスの見直し
計画期間を『6年』に変更
『毎年度の進捗状況管理』を導入し、次期計画策定等に反映
※第3期計画期間の平成30年度から反映。但し地域医療構想の策定時期により前倒しで計画策定が可能。

【 個人・保険者に対する健康・予防インセンティブの付与 】
・個人に対するインセンティブ
医療保険各法における保険者の保健事業として、IT(情報技術)を活用した健康づくりモデルの大規模実証成果も踏まえつつ、一定基準を満たした加入者へのヘルスケアポイントの付与や現金給付等を保険者が選択して行うことができる旨を明示して、その普及を図る。また個人の健康・予防に向けた取組に応じて、保険者が財政上中立な形で各被保険者の保険料に差を設けるようにすることを可能とするなどのインセンティブの導入についても、公的医療保険制度の趣旨を踏まえて検討する。
・保険者に対するインセンティブ
後期高齢者医療への支援金の加算・減算制度について、保険者の保健事業の取組に対するより一層の効果的なインセンティブとなるよう関係者の意見や特定健診・保健指導の効果検証等を踏まえ具体策を検討する。

【 保険者による医療費適正化の取組 】
・データヘルスの推進
保険者は、レセプトが電子化された平成21年度以降、レセプトデータ及び特定健診等データを電子的に保有することが可能となりレセプト・健診情報等を活用したデータヘルス(医療保険者によるデータ分析に基づく保健事業)を今後推進する。
医療費適正を目指しての保険者における取組事例
①現状の把握
②生活習慣病予防・健康増進支援サイトを活用した保健事業
③糖尿病性腎症重症化予防をはじめとする有病者の重症化の予防
歯科健診・保健指導に係る取組
⑤被保険者に対する情報・指導
⑥ジェネリック医薬品の使用促進に向けた取組
⑦重複・頻回受診者、重複投薬者等への保健師、薬剤師等による訪問指導
⑧訪問指導時における残薬等の管理
※④について
A健保組合では、加入者の歯のQOL(生活の質)の向上に向け、地域の歯科医師会とも連携して長期間にわたり、歯の健康増進に取り組んで経年データを蓄積し、分析した結果は
(1)継続的に歯科健診を実施している集団は、医療費が減少もしくは横ばいである。
(2)歯周疾患がある集団は、歯周疾患がない集団と比較して医科医療費が高い。
という分析結果を得ている。これらの分析結果を踏まえ、A健保組合では平成22年度より、集団歯科健診の検査項目に歯周疾患予防を付加し受診者に対して歯周疾患予防の意識づけとフロス使用などによる日頃のデンタルケア指導を実施している。

<保険者が意図する保険者機能の強化策>
保険者は、医療保険に関する医療提供側と患者・保険者との医療情報に関する非対称性を解消する為にIT化策を強化している。レセプトをit化することによりデータの名寄せをして個人ごとの情報を時系列に並べることが可能になり紙レセプトによるレセプト単位の断片的な医療情報観察から電子レセプトでは個人ごとの詳細な保健・医療情報に基づく情報分析が可能になる。またこの電子レセプトデータを蓄積し数年も経てば、個人別の医療費リスクが測定、判別できる。さらに、医療提供側の治療成績等がIT化されれば、患者さんの病状等と医療機関情報をマッチングして最適な医療機関を紹介するという、健保組合が求めてきた保険者機能を発揮することができる。
<具体的な強化策>
1、レセプト点検:平成24年3月審査分から突合・縦覧点検を支払基金で実施
2、特定健診・特定保健指導:現状は実施率が低く効果を上げていない(特に市町村国保)また医療費適正化に取り組む自治体に特別調整交付金を傾斜配分
3、後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用促進:最も効果が上がっている
4、医療費通知:郵送料などに比べて医療費削減効果が少ない
5、過払い医療費の返還
6、現金給付の審査強化:柔道整復などの審査強化
7、外来医療費の地域差:情報データベースを活用した分析に着手 

【 まとめ 】
私たち歯科医師は、日々患者さんの心に接しながら歯科医療(予防)を行っている。またう蝕と並ぶ歯科の2大疾患である歯周病は、軽度のものを含めると成人の約70~80%の人が罹患していると言われている。これまで歯周病は、お口の中だけの病気と考えられてきたが、近年歯周病が全身にもたらす影響、また全身が歯周病に与える影響についての研究が進められている。その歯周病は腎障害、網膜症、神経障害、大血管障害、末梢血管障害に次ぐ糖尿病の第6の慢性合併症とも言われ、近年その深い関連性が様々な研究から明らかにされてきている。また昨今の研究から歯周病が誘因となる疾患として糖尿病以外に心筋梗塞、動脈硬化、早産・低体重児出産、誤嚥性肺炎、バージャー病、AIDS(潜伏感染HIVの活性化)があり、また歯周病が誘因となる可能性を指摘されている疾患として骨粗鬆症、肥満、メタボリックシンドローム、がん、腎臓疾患、関節炎がある。前述のA健保組合の分析結果からもわかるように口腔ケアは重要であると推測される。今回の課題である医療費適正化のインセンティブを高めるためにレセプト点検では、医療提供側は日々の診療録(カルテ)を適切かつ適正に記録記載すること。また我々歯科医師は口腔内にとどまらず全身を診る診療、そして予防を含めた包括的医療システム作りをすることが重要である。