2.消費増税10%と歯科医療費

消費増税10%と歯科医療費

2019年10月31日 田中良彦

【はじめに】
10月1日より消費税率が10%に引き上げられた。2014年4月に8%になってから5年半振りの増税であるが、前半ではこの増税が予定より4年も遅れたことと増税の必要性について論じ、後半では控除対象外消費税の非課税扱いになっている歯科保険医療費が、2%増税に伴う診療報酬改定によって適正に補填されるのかについて論じる。なお、校友会HP「歯科界における諸問題のポイント」では2016年9月に「消費税と医療を考える」栗山聡著1)を発表掲載した。今年の2月28日に「消費増税10%について」を私2)が掲載したが、今回はこれを1つにまとめて発表する。

【増税の歴史】
1989年4月 3%で施行
1997年4月 5%に増税
2014年4月 8%に増税
2015年10月 増税延期
2017年4月  増税延期
2019年10月 10%に増税

2012年6月に野田内閣は民主・自民・公明の3党合意3の「社会保障と税の一体改革」で消費税率を2014年4月に8%、2015年10月に10%に引き上げることを決めた。しかし2014年11月に安倍首相は「来年の消費税10%への引き上げを延期し、2017年4月に確実に引き上げる」と表明し、衆議院を解散した。さらに2016年6月にはこの確実と言った2017年4月の引き上げも再延期した。これらは世界経済の先行き不透明感を理由にし、まさに選挙対策4)として延期した。

【景気腰折れ】
今までの2回の消費増税では不況をもたらしたと言われている。1回目の1997年はアジア通貨危機と日本の金融危機が主な原因であったし、2回目の2014年は景気の停滞で不況突入とまでは言えない。しかし国民は重税感が増したわりには福祉などが充実したという実感はなかった。今回の引き上げが不況をもたらすとは思われない。駆け込み需要とその反動があるだろうが、2%と低率の引き上げであり、食品などの軽減税率の導入、幼児教育の無料化と住宅・自動車購入の税制優遇策などで景気の落ち込みを防ぐであろう。
さらに低所得者や子育て世帯を対象としたプレミアム商品券、キャッシュレス決算へのポイント還元は効果が薄いと疑問視されているが、夏の参院選の対策であるのは間違えない。

【消費税の問題点5)
益税:免税業者(課税売上高1000万円以下)が販売する際に、消費者から消費税として徴収し、納税しない。簡易課税業者がみなし仕入率で計算して実際の仕入率の差が益税になる。

非課税:土地の譲渡及び貸付け 有価証券の譲渡 支払手段の譲渡 仮想通貨の譲渡 預貯金の利子及び保険料を対価とする役務の提供等 郵便切手類、印紙、証紙の譲渡 行政手数料等 外国為替業務に係る役務の提供 社会保険医療の給付等 介護保険サービスの提供 社会福祉事業等によるサービスの提供 助産 火葬料や埋葬料 一定の身体障害者用物品の譲渡や貸付け 授業料、入学検定料、入学金、施設設備費、在学証明手数料など 教科用図書の譲渡 住宅の貸付け

不課税:寄付金 祝金 試供品の提供 保険金・共済金 資産の廃棄・盗難・滅失 心身又は資産について加えられた損害の発生に伴い受ける損害賠償金 国外での取引
初めて消費税が導入されたときは、非課税取引は8項目であったが、現在は18項目に増えている。そして非課税・不課税取引の範囲、分類が困難である。

仕入税額免除:欧米ではインボイス(仕入税額が仕送状の記載)方式だが、日本では記帳(帳簿に記載)方式である。これは業者の反発を抑えるために認められた。

逆進性:消費者の消費税負担の割合は、高所得者より低所得者のほうが相対的に高い。そして食料品を軽減税率としても逆進性はほとんど変わらない。

【解決方法】
益税対策は免税業者をなくし、簡易課税制度を廃止する。
非課税・不課税取引の範囲を可能な限り狭くする。
仕入税額免除は2023年10月からインボイス方式に変わることが予定されている。
逆進性は増税によりさらに悪化するので、低所得者は増税分を所得税から控除し、所得のない者は還付申告で戻せるようにする。

【考察】
今後、増加していく高齢者の社会保険費をまかなう財源が消費税だとすると、ヨーロッパ諸国の税率20%、北欧諸国の25%に日本の税率も数年後になると思われる。今まで日本の財政を支えてきた団塊世代がリタイヤし、年金生活者となったために彼等から所得税を徴収できなくなったために消費税を増税することが必要になった。そこで明るい老後を暮らしたいので、消費税率を下げても税収を増やす方法があるのかを考察する。
現在の消費税は課税売上に税率を適用して、そこから課税仕入に際して負担した税額分を控除するので、その企業の付加価値に税率をかけた分を納税する方法である。これは累積課税を排除する方法として優れている。これを仕入に負担した税額分を排除せずに納税する方法に変更する。例えば税率を2%だとして品物を買った場合にすべての流通業者が必ず2%の消費税を支払った場合、生産者から卸業者が、それを二次卸が、それを小売業者が、最後に消費者がそれぞれ2%の消費税を納入する。そうすれば中間流通業者の数が多いほうが、価格にそれぞれの消費税が転嫁されるために小売値が高くなる。消費税は最終消費者が払うものとされているが、流通業者で分けて払えば増税されても負担が楽になる。
さらに厳格に徴収するためにはマイナンバーを用いたスマホ(デジタル)決済で同時に納税すれば徴収もれはなくなる。ただし、いつどこで誰が何を購入したかが税務署に筒抜けになる。

【歯科医療費と消費増税10%】
私ども歯科医師は日々の診療において3点増点で51点となった再診料と14点増点で251点となった初診料を算定している。この増点で2%の消費増税に対応できるのかを考えてみたい。
保険医療費は控除対象外消費税の非課税であるので、医療機関が材料・医薬品・設備等を仕入れに際して支払う消費税を仕入税額控除ができず、医療機関のコストになっている。しかし消費税は事業者が負担するべきものではないことから、診療報酬・薬価・材料価格の改定によりそれを補填している。今回の改定では初・再診料以外では訪問診療料が、薬価と材料価格の一部が消費増税の対応分として増点となり、歯科の改定率は+0.57%、薬価は-0.51%、材料価格は+0.03%となった)
2014年に8%に増税された際の対応に補填不足)が明らか(歯科診療所の補填率は92.3%)になったため、直近の通年実績のNDBデータ等を用いることにより、今回は5%から10%の分について見合う補填点数となるような配点が行われた。
消費税導入時の使用目的は財政再建と社会保障の安定であったが、今回は子育て(幼児・高等教育の無料化等)にも範囲を広げたのは今後、日本が抱える最大の問題は「人口減少」であることを政府が認識しているからである。そして2%の増税だけでは財政再建や社会保障の安定にはならないのは明らかである。9月に「全世代型社会保障検討会議」がスタートした)が、検討項目としては高齢者の就労を促しや年金の繰り下げ受給の拡大等と医療分野では高齢者の窓口負担の引き上げや高額薬の保険適用の見直しであり、国民に負担増を求めるものだ。このような社会保障改革は従来の「現役世代が高齢者を支える」という考え方から「年齢によらず負担能力などに応じて支え合う」という方向性を一段と鮮明にした。

【考察】
・今回の増点は適正な改定か?
一定期間後に日本歯科医師会が検証するので、その結果を待ちたい。
・保険医療費は消費税を非課税でよいのか?
今まで30年間非課税であったのを課税に変更するのは技術的に困難である。診療報酬の改定で補填してきたのを、10%の消費税で適正になる診療費を算定するのは無理ではないか。窓口での患者の一部負担金が高くなるのは受診抑制となるのは明らかである。
・安倍首相は今後10年増税しないとコメントしたが、今後北欧並みの20%を超える消費税率となるのか?
「高福祉・高負担」「低福祉・低負担」など、どのような社会を目指すのかにより異なる。現在の日本は諸外国と比較して「高福祉・低負担」であり、それを支えているのは赤字国債である。

【まとめ】
消費税の致命的な欠陥はその逆進性である。しかし今後の高齢化、さらに人口減少を考えると消費税のように浅く広く徴収する税金は必要であるので、低所得者対策を万全にして実行すべきである。
7月の参議院選挙で消費増税を公約した与党は野党に対して負けなかった。今までは増税を公約した与党は惨敗していたが、今回は国民が増税を支持したのか?投票率が48.8%だったことから、増税に批判的な有権者は受け皿の野党がないために棄権し、選挙前に「年金では平均2.000万円不足」に話題をとられ、消費増税が論点とならなかったためと思われる。
2040年には高齢者の人口比率が最高に達し、「人口減少」により労働力の低下、税収の減少により国力が低下して財政は破綻している可能性が高い。今、緊喫の課題は「人口減少」への対応で、現在行っている、子供手当てや教育費の無償化では対応できない。子供の数により年金を増額するなどの思い切った対策が必要である。

【参考資料】
1)消費税と医療を考える 栗山聡 2016 校友会ホームページ 歯科界における諸問題のポイント
2)消費増税10%について 田中良彦 2019 校友会ホームページ 歯科界における諸問題のポイント
3)3党合意 社会保障・税一体改革に関する確認書 平成24年6月15日
4)朝日新聞 2018.10.31
5)日本の税金 第3版 三木義一 岩波新書 2018
6)消費税と診療報酬について 厚生労働省HP
7)2019年度消費税対応改定について答申 Gem Med データが拓く新時代医療
8)全世代型社会保障検討会議 内閣官房内閣広報室