歯科における再生医療

平成27年6月16日
佐藤 全孝

【はじめに】
歯科の再生医療の歴史は、1920年にHermannが水酸化カルシウムを歯髄断髄面に使用したのが歯科領域での再生医療の始まりとされています。
その後、1980年代になって歯周組織の再生法としてGTR法、骨の再生法としてGBR法が登場しました。1990年代に入って仮骨延長法の口腔領域での適用が行われ1990年代の後半には、エナメル基質タンパクを用いたEmdogainによる歯周組織の再生、骨誘導タンパクであるrhBMPを用いた骨造成が報告された。また歯周疾患により歯を失った場合に歯槽骨にチタン製のスクリューを埋め込むインプラント治療が行われるようになってきました。しかしこれらは一般臨床医が容易にできるものではありません。今後、再生医療が社会に受け入れられるためには確実な治療効果と共に、安全性と簡便性さらに経済的な利点も要求されると考えられます。

【再生医療とは】
再生医療とは、傷害を受けた生体機能を様々な組織に分化することのできる幹細胞を用いて復元させる医療の総称です。
歯科領域での細胞を用いた再生治療として、粘膜・顎骨・粘膜・歯周組織の再生が試みられており、更に歯の再生プロジェクトも開始されています。歯は、ほとんどが無機質でできていますので、再生を起こすような細胞は含まれておりません。しかし、歯の根の部分の歯槽骨・歯根膜・セメント質、歯肉など、それぞれ組織を作る細胞からできており、特殊な方法でその細胞を増やすことができるようになりました。
手術によって失われた組織を元に戻すために、組織移植が行われています。また、病気によって機能を失った臓器を治療するためには、提供者からの臓器移植が行われます。
しかしながら、移植のためには健康な組織を採取することや臓器提供者が必要になります。このような組織の採取や臓器提供者を必要とされない再生医療が注目されているのです。
幹細胞として、当初1981年米国カリフォルニア大学や英国ケンブリッジ大学から報告された、マウス由来の胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)を用いて研究が進められました。しかし実際の臨床応用に可能性を広げるためにはヒト由来のES細胞が必要です。
1998年、米国ウィスコンシン大学でヒトES細胞が開発されましたが、このES細胞は不妊治療のため実施された体外受精で余った受精卵から作られたために倫理的な問題が生じました。
また京都大学の山中伸弥教授らは人の皮膚などに線維芽細胞に少数の遺伝子を導入して様々な組織の細胞に分化する能力をもつ人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)の作成に成功し、iPS細胞は2006年にマウスで、2007年にヒトで開発されました。
iPS細胞はES細胞のように受精卵など胚細胞から作られるものではないため、倫理的な問題は発生しません。皮膚という入手しやすい細胞から作られますので、患者さん自身の細胞から作ったiPS細胞により治療が進められるという大きな利点があります。これらの功績により山中教授は、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
このiPS細胞ですが、当初は患者さんの皮膚(二の腕下の皮膚等)から採った細胞で作られました。しかし最近では、乳歯や智歯の歯髄から得られた細胞を用いる方が、iPS細胞を効率良く作ることが明らかとなりました。さらに歯髄細胞から作られたiPS細胞は、日本人の移植に適した型を20%の割合で持つことが判明し同様のiPS細胞が50株あれば90%の日本人をカバーできることが試算されています。

【再生医療のキーワード】
人はもともと自分自身を修復再生する能力を持っています。その能力の元になるのが幹細胞(細胞のタネ)で、幹細胞のおかげで多少の切り傷や火傷などのケガや病気は自己修復することが可能です。しかし幹細胞は老化とともに激減します。よって小児のケガや病気は治りやすいのに対して、加齢と共にケガや病気は治りづらくなるのです。
再生医療のキーワードはこの「幹細胞」です。骨髄バンクや臍帯血バンクで知られる骨髄細胞や臍帯血にも存在しますが、骨髄細胞を採取するのは身体に大変負担となり、また臍帯血は出産時にしか採取チャンスがありません。
そこで現在、歯科治療などで抜いた(抜けた)乳歯や親知らず、矯正治療で抜いた小臼歯などに含まれる歯髄細胞に着目し歯髄細胞がこれからの再生医療の材料として画期的かつ理想的な細胞ソースであることが明らかになりました。

【わが国初の本学歯髄細胞バンク】
今年から本学が新しい事業として口腔内の資源を利用して全身を治していく理念に基づき、また再生医療のベース基地を目指して我が国初の大学の歯髄細胞バンクを立ち上げることになりました。
すでに山中教授らのiPS細胞による神経や網膜の再生は臨床治験が開始されています。iPS細胞は遺伝子を導入するため、自分の細胞由来と言っても厳密には自分の細胞ではありません。しかしiPS細胞や幹細胞の出現により、再生医療が身近なものになってきたことは明らかです。近い将来、自分の細胞を用いた再生医療も確実に現実のものになってきています。
一方、細胞にも寿命があります。年を取った人の細胞と若い人の細胞とでは、細胞のいき(活性)が異なります。そこで本学NDU生命科学講座ではなるべく若いうちの細胞として、乳歯の歯髄に着目しました。
本来乳歯は捨ててしまうことが多く、保存しておいても歯髄の細胞は死んでしまいます。そこでこの乳歯を特殊な培養液*に入れて本年立ち上げた歯髄細胞バンクに送れば、その歯髄は半永久的に液体窒素の中で保存でき将来の自分自身の再生医療に使用することができるのです。
現在報告されている研究では、歯髄は特に神経細胞への分化が容易です。したがって将来パーキンソン病や外傷による神経損傷、脊髄損傷、脳出血や脳梗塞の後遺症等を再生医療で治すことが可能となってきます。またこのまま研究が進めば肝臓や膵臓のランゲルハンス島の再生も可能となり、糖尿病や肝硬変の治療も自分の細胞を使ってできるようになってきます。更に心臓、腎臓、皮膚、眼、骨などの再生へと可能性が広がっていきます。また遺伝子を調べることで病気の予防や治療方針の決定に役立つ場合もあります。

【歯髄幹細胞を用いた疾患動物モデルでの治療効果】
歯科疾患:歯周病う蝕(歯髄再生)骨欠損 →臨床研究が進捗中
神経疾患:脊髄損傷脳梗塞
筋疾患 :心筋梗塞筋ジストロフィー
臓器疾患:肝硬変肝線維症糖尿病角膜欠損毛包欠損下肢虚血

【再生医療で歯髄細胞を用いる利点】
1、iPS細胞は、遺伝子組換えによる『がん化』の危険性が未だにあります。またiPS細胞を作るためには、患者さんの皮膚組織を切除しなければなりません。 一方、歯髄幹細胞は、「がん化」の危険性はほとんどありません。また、歯髄細胞からもiPS細胞を作ることができるので、将来わざわざ皮膚を切除しなくても保存しておいた歯髄細胞からiPS細胞を作り再生医療に使うことができます。また歯髄幹細胞は、骨髄幹細胞より3~4倍も増殖能が高く、拒絶反応がなく骨髄幹細胞と同等の多分化能を誇ります。
2、歯髄細胞は再生医療のほかの使い道として上記のiPS細胞の作製以外に遺伝子検査、既存薬剤への効果、副作用、新規薬剤の開発、アレルギー検査、病態の解析・解明・治療法の開発です。
3、治療上必要で抜歯した歯や抜けた歯を再生医療のために使用するだけです。 対象歯は健全歯となります。P、Perico,Perなど細菌感染を起こした歯は対象としません。しかし埋伏歯などで分割抜歯した歯の組織は保存状態が良ければ培養が可能です。

【まとめ】
近年、再生医療の研究は日々めざましい発展を続けています。私達、臨床歯科医師も日々進歩する様々な治療方法や治療技術を学び、修得し患者さんに提供しています。そして歯科医療、歯科界全体の発展に貢献していかねばなりません。これからは、この再生医療の発展と共に私達は患者さんのために更により良い医療を提供していく義務があると思います。
そこで本学の歯髄細胞バンク事業の発足でこの再生医療を校友会会員の患者さんに提供できることとなります。しかも私達歯科医師が身近に行っている抜去後の歯(治療上必要で抜歯したもの)や抜けた歯を利用することで再生医療に貢献できるのです。
この事業は本学9,000余名の校友会会員を限定対象としたものです。更に所定の認定医講習会を受講して認定医を取得すると、正式に患者さんに提供することができるようになり、また認定医と患者さんには定期的に本学から最新の再生医療情報と本学の情報を配信してもらうことができるのです。
是非、本学校友会会員の特典を利用して患者さんとその家族の将来の病気や怪我を患者様自身の細胞で治すための、貴重な細胞を預ける医療サービスを行ってみてはどうでしょうか。
現在、そしてこれからも歯髄幹細胞を用いた再生医療の研究がますます加速され、一日も早く患者さんに治療実用化されるよう開発が進むことを切に願います。