診療報酬の審査支払制度

平成27616
加賀山文雄

【はじめに】
国民皆保険の下、生活保護の受給者など一部を除く国民は、社保または国保いずれかの公的医療保険に加入しており、医療機関での診察代金は、患者(=被保険者) が直接支払う一定割合の窓口負担金のほか、大部分は保険者から医療機関へ支払いがなされる。このとき、多数存在する保険者と各医療機関との間を媒介する統括的な支払事務機関として、社会保険には社会保険診療報酬支払基金、国民健康保険には国民健康保険団体連合会が存在しており、そこには審査支払制度が存在している。 ここでは平成23年にスタートしたレセプト電算化に対応した縦覧・突合点検、また保険者の直接審査推進の取組み等の問題点について検証する。

【レセプトの電子化に対応した縦覧・突合点検の導入】
平成23年1月13日、社会保険診療報酬支払基金は保険者に対するサービス向上を図ることを目的として、「支払基金サービス向上計画(平成23~27年度)」を策定、公表した。 これまでは紙レセプトが大半であったため、審査支払機関(支払基金及び国保連)ではレセプトごとに単月審査を行い、レセプトを受け取った保険者において、患者ごとに複数月のレセプトを名寄せ・照合した点検(縦覧点検)や、医科・歯科レセプトと調剤レセプトとを患者単位で照合した点検(突合点検)を行い、この点検結果による保険者の申出を受け、審査支払機関で再審査を行っていたが、レセプトの電子化が進み、データの抽出や蓄積が容易となったため、レセプトの適正な審査を推進する観点から、審査支払機関では、最初の審査の段階からの縦覧・突合点検を導入。
東日本大震災の影響等から、当初の平成23年4月開始予定を延期し、同24年3月より、この新たなレセプト点検の仕組みである「突合点検・縦覧点検」が導入された。(国保連:23年10月~、支払基金:24年3月~)
これらの点検により、これまで査定されなかったレセプトが減点されるケースが出てきている。 先行して平成22年10月より始まった電子レセプト請求へのコンピュータチェックでは、医科・歯科あわせて、原審査での査定件数・率で前年度対比20%、査定点数・率は10%アップしている。歯科ではブリッジの保険適用の適否等のほか、77項目の診療行為を対象に実施されている。電子レセプト請求の普及率から考えるとこの数値の大半は医科レセプトでの数値と考えられる。今後歯科での電子レセプト請求普及率が上がればさらに査定率はアップする。新たな点検方法に対応するため、医療機関に想定される影響を理解したうえで、現場における業務上の対策が求められる。
(1)レセプト電子化の進展と審査対象の拡大 厚生労働省は、平成20年4月以降、医療機関の種別等に応じて段階的にオンライン請求を原則義務化しており、電子レセプトは定着しつつある。様々な取組みによってレセプトの電子化は急速に進展し、平成27年度にはレセプトの電子化が概ね完了する見込みだが、以降も若干の紙レセプトは残存すると予測される。全レセプトに占める電子レセプトの件数割合の見込みは、平成27年5月請求分で医科では96.5%、歯科では86.3%と試算している。同時に、これらレセプト電子化の進展によって、コンピュータを用いた審査が容易になり、電子レセプト全てを審査対象として想定しているということを意味している。
(2)「突合点検」「縦覧点検」の導入 審査支払機関が実施する審査とは、診療報酬の請求支払を確定するにあたって、「診療行為が保険診療ルールに適合するかどうかを確認する行為」である。そして従来、人の手を経た目視で行われ、一定の類型に属するレセプトに重点を置いた審査にならざるを得ない状況であった紙レセプトと違い、電子レセプトであれば、その適合性を多くのルールに対応する項目で判断することが可能になった。 このメリットを活かした「同一患者」をキーワードに医科・歯科・調剤の各レセプトの整合性を確認したり(突合)、最大6か月分のレセプトを参考に審査を審査支払機関が行う(縦覧) 点検がそれぞれ可能になった。

診療報酬の審査支払制度

突合点検とは
同一の医療機関が同一の患者に関して月単位で提出したレセプトを複数にわたって照合 する審査をいう(「支払基金サービス向上計画(平成23~27年度)」記載の定義による)。 処方せんを発行した保険医療機関が請求する医科・歯科レセプトと調剤を実施した薬局 の調剤レセプトを患者単位で突き合わせて点検するもの。
突合点検で査定対象になる主な要因

  • 算定ルールの誤り:医科・歯科レセプトに記載されている処方せん料の種類と調剤レセプトに記載されている品目数の適否。
  • 病名漏れ:処方された医薬品の適応症となる傷病名が記載されていない等。 縦覧点検とは、同一の医療機関が同一の患者に関して月単位で提出したレセプトを複数にわたって照合する審査をいう(「支払基金サービス向上計画(平成23~27年度)」記載の定義による)。 この審査のチェック項目は、同一患者のレセプトを数か月間分確認することで画一的な検査を実施している場合など、適切な診療に基づく請求がなされているかを評価することを目的としている。 縦覧点検で実施する項目
  • 算定ルール:一定期間内における算定回数等
  • 医薬品:投与量、投与日数
  • 診療行為:実施回数
  • 審査履歴:過去の査定事例と同一の請求

(出典:支払基金サービス向上計画)

【保険者の直接審査の推進の取組み:民間参入】
○ 健康保険法では、保険者は保険医療機関又は保険薬局から療養の給付に関する費用の 請求があったときは、診療報酬点数表や療養担当規則の定めに照らして審査の上、 支払うこととしており、この審査・支払の事務を、社会保険診療報酬支払基金と国 民健康保険団体連合会に委託することができる(健康保険法第76条)。
○ 現行制度では、被保険者が疾病にかかったとき、容易かつ速やかに療養の給付を受け ることができるよう、保険医療機関は、公法上の契約に基づき、保険者を区別せ  ず、すべての被保険者に療養の給付を行っている(フリーアクセス)。この公法上 の契約は、一定の療養の担当方針等に従い、被保険者に対して療養の給付を行い、 その対価として診療報酬を請求し、その支払を受けるという双務契約と理解されて いる。
○ 保険者が直接審査を行う場合でも、被保険者への療養の給付と、診療報酬の請求・審 査が円滑に行われ、紛争を未然に防ぐ観点から、一定の条件を定めている。 (平成 14年12月保険局長通知等)。

【直接審査の条件】
① 対象保険医療機関(調剤レセプトの場合、保険 薬局)の同意
② 公正な審査体制の確保(医師、歯科医師等による審査)
③ 個人情報の保護の徹底
④ 紛争処理ルールの明確化(あらかじめ具体的な 取決めを文書で取り交わす)

【審査の判断基準の統一化のための取組み】平成14年12月保険局長通知
○ 支払基金支部と国保連間で、審査の判断基準に差異(ローカルルール)があることが 指摘されている。
○ 医療保険の請求ルールは全国一本であり、適正な審査体制の確保の観点だけでなく、 加入する保険者や地域にかかわらず、 公平な医療サービスを提供する観点からも、 統一的な判断基準が必要なものは統一化していくことが求められる。

【審査支払制度存続の意義】
終戦直後の日本が審査支払制度を設けた最大の理由は、医師に支払う報酬を確保することであった。そして、制度創設当初は保険者からの収納率が低く、制度の必要性が十分裏付けられる状態が続いた。その後、高度経済成長とともに収納率が向上し、現在では未納ゼロといっても過言ではなくなった。 これは、支払基金法第1条に掲げる「迅速な支払」が達成されたことを意味し、審査支払制度の歴史的意義が消滅したともいえる。 しかし、制度存続を妥当とする理由は、医療費精算事務の効率化に貢献しているからである。保険医療機関は12万余、保険者は6千弱あり、このような状況で直接精算に切り替えれば、レセプト郵送料、支払手数料等々のコストが膨大に増えると予測される。支払基金・国保連が手形交換所的機能を持っているために事務コストを抑制している。ただし、紙レセプトを前提にして効率的といえるのであって、レセプトが電子化された時点で効率性について再検討を要する。 コスト抑制効果とともに尊重されるべきは、審査支払機関の係争調停機能である。審査支払機関の決定を不服とする民事訴訟は皆無と言えるほど少ない。民事訴訟に至らない最大の理由は、訴訟費用の方が審査支払機関の査定額よりもはるかに大きいという点にあると思われる。しかし、訴訟に至らない理由は訴訟費用との比較だけではなく、審査支払機関が自らの決定を保険者と保険医療機関の双方に納得させるよう働きかけている点にあることも見逃せない。