8.平成30年度診療報酬改定の問題点

平成30年度診療報酬改定の問題点

平成30年4月24日 田中良彦

【はじめに】
4月1日より診療報酬が改定された。国立社会保障・人口問題研究所の公表1)では、2045年に43道府県で75歳以上の人口が全体の20%を超えると推定されている。いわゆる団塊世代の子どもの世代が高齢化していく時期で、自治体財政や社会保障に大きな影響が出ると予想されている。それ以前に「2025年問題」が生じる。これは団塊の世代がすべて75歳以上なる年で、健康リスクの高まりにより医療や介護の費用が急増し国家財政を圧迫する。すなわちこの状態が2025年から20年以上続くことが予想されるなかで、平成30年度診療報酬・介護報酬同時改定がどのような今後の位置付けになるのかを検証したい。

 【骨太の方針2017 】
昨年の6月9日の閣議決定された骨太の方針20172)に下記内容が明記された。
・世界に冠たる国民皆保険を維持し、これを次世代に引き渡すことを目指す
・口腔の健康は全身の健康にもつながることから、生涯を通じた歯科健診の充実、入院患者や要介護者に対する口腔機能管理の推進など歯科保健医療の充実に取り組む
日本歯科医師会はこれを評価し、わが国を世界一の長寿国に導いた公的医療保険制度が、財政問題による社会保障を過度に抑制しないことを確認し、平成30年度診療報酬改定においては、そのために必要な財源の確保を求めた。

 【平成30年度制度・予算に関する要望3)
日本歯科医師会は6月28日に厚生労働省を訪問し、要望書を塩崎大臣に提出した。要望書では次の5点と歯科口腔保健推進室の省令室への昇格について理解と力を求めた。

①地域に密着した歯科医療提供体制の構築
②平成30年度診療報酬・介護報酬改定への十分な財源の確保及び医療介護総合確保基金の活用
③生涯にわたる歯科健診の充実
④必要な各種審議会への歯科医師の参画
⑤歯科衛生士・歯科技工士の人材育成と確保

【平成30年度診療報酬改定に向けた基本方針】
社会審議会医療部会医療保険部会4)が12月11日に取りまとめ発表した。

1.改定にあたっての基本認識
・人生100年時代を見据えた社会の実現:国民の予防健康づくりに対する関心をあげ、健康寿命の延伸により長寿を実現する。あらゆる世代の国民が安心・安全で質が高い医療を受けられるようにする。
・どこに住んでいても適切な医療・介護を安心して受けられる社会の実現:地域包括ケアシステムの構築。医療機能の分化・強化、連帯や、医療と介護の役割分担と切れ目のない連携を着実に進めることが重要。
・制度の安全性・持続可能性の確保と医療・介護現場の新たな働き方の推進

2.改革の基本的視線と具体的方向性
・地域包括ケアシステムの構築と医療機能の分化・強化、連帯の推進:かかりつけ歯科医の評価。患者の状態に応じた入院医療の評価。外来医療の機能分化、重症化予防の取組の推進。質の高い在宅医療・訪問看護の確保。国民の希望に応じた看取りの推進
・新しいニーズにも対応でき、安心・安全で納得できる質の高い医療の実現・充実:重点的な対応が求められる医療分野の充実。ICT等の将来の医療を担う新たな技術着実な導入、データの収集・利活用の推進。アウトカムに着目した評価の推進。
・医療従事者の負担軽減、働き方改革の推進:チーム医療等の推進等の勤務環境の改善。業務の効率化・合理化。地域包括ケアシステムの構築のための多職種連携による取組の強化。外来医療の機能分化。
・効率化・適正化を通じた制度の安全性・持続可能性の向上:薬価制度の抜本改革の推進。後発医薬品の使用推進。医療機能や患者の状態に応じた入院医療の評価。外来医療の機能分化、重症化予防の取組の推進。費用対効果の評価。医薬品の適正使用の推進。医薬品、医療機器、検査等の適正な評価。

3.将来を見据えた課題
・将来にわたって対応可能な医療提供体制と持続可能な医療保険制度の構築
・地域包括ケアシステムの構築のため、質の高い在宅医療・訪問看護の普及。ICTの活用による医療連携や医薬連携等の検討。
・患者が分かりやすい診療報酬制度と明細書無料発行の取組。

【平成30年度診療報酬の改定率】
12月18日の閣僚折衝5)で平成30年度診療報酬の改定率が決まった。診療報酬本体は+0.55%、その内訳は医科+0.63%、歯科+0.69%、調剤+0.19%で、薬価は-1.36%、薬価制度の抜本改革は-0.29%で材料価格は-0.09%であった。そのため今回の改定もネットマイナスとなり、下記表に示すように平成20年より医療費ベースで本体改定率は連続プラス改定であるが、平成24年度改定までは薬価引き下げ分が本体に充当されていたが、26年以降の改定では充当されていない。28年度改定の時に厚労委員会の質疑で麻生財務大臣は「充当すべきではないか」との質問に「充当する決まりはない」と答弁した考えが今回の改定でも引き続いている。また10月22日に投開票された第48回衆議院選挙では、自民党の公約6)で延期されていた消費税の増税を2019年10月に10%に引き上げて、財源の一部を社会保障費に限らずに子育て世代にも用いることになった。この改定率に対して、日本歯科医師会の堀会長は記者会見で「国の厳しい財政状況の中で、前回の改定率を上回ったのは、国民の社会保障の充実を求める声を受け止め、歯科界が発信したのを理解していただいた各関係方面のご支援の結果で心から感謝する」と述べた。

8_表1

【平成30年度予算案─歯科保健医療施策の概要─】
厚生労働省は12月22日に平成30年度歯科保健医療関連の予算案7)を発表した。健康寿命の延伸に向けた歯科口腔保健の推進の観点から、「歯科健康診査推進等事業」に2億782万、「歯科医療機関による歯科口腔機能管理等研修事業」に5688万円を確保したが、要望していた「歯科技工士養成施設活性化事業」は認められなかった。「歯科保健医療の充実・強化」は前年度より増加して7億6300万円を計上。「歯科医療従事者等の資質向上」には1億2400万円であった。なお、この予算案は翌3月28日の国会で可決、成立した。

【中医協改定案の答申】
中央社会保険医療協議会が2月7日に厚生労働省で開催され「平成30年度診療報酬改定案8)」を加藤勝信大臣に答申した。今回は介護報酬との同時改定で「2025年問題」を強く意識したものとなった。さらに国民医療費をいかに抑えるかが課題だが踏み込み不足も否めない。医科では在宅の患者を支えるために、24時間診療に応じられる体制づくりやパソコン等を通じての遠隔診療を新設した。診療と介護の両審議会間で2度の意見交換が行われ、日本歯科医師会では要介護者への歯科治療のアクセスが阻害されないことを主張してきた。また平成27年6月に学会からの新病名提示案のうち「口腔機能低下症」と「口腔機能発達不全症」は通知に記載されたが、「生活習慣性歯周病」と「口腔バイオフィルム感染症」は採用されなかった。答申書の付帯意見には診療報酬に関するデータの利活用の推進に係る取り組みの推進、レセプト様式や診療報酬コード体系の抜本的な見直しの検討、明細書の無料発行のさらなる促進などを検討していくとした。そして歯科では改定された主なポイントは次のとおりである。

Ⅰ.地域包括ケアシステムの構築と医療機能の分化・強化、連携の推進
・かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所の施設基準の見直し
・医科歯科連携の推進 診療情報提携共有料の新設
・周術期等の口腔機能管理の推進
・歯科訪問診療料の見直し
Ⅱ.新しいニーズにも対応でき、安心・安全で納得できる質の高い医療の実現・充実
・歯科外来診療における院内感染防止対策の推進
・ライフステージに応じた口腔機能管理の推進 歯科疾患管理料への加算
・新規医療技術の保険導入 咀嚼能力検査咬合圧検査
・先進医療からの保険導入 高強度硬質レジンブリッジ
Ⅲ.歯科の基本的な技術料の問題提起と対応
・タイムスタディー調査の資料による基礎技術評価の引き上げ
介護報酬改定の歯科関連のポイントとしては「医療と介護の連携の強化としての居宅介護支援事業所と医療機関との連携の強化」「訪問系サービスにおけるサービス提供責任者の役割の明確化」「居宅系および施設系サービスにおける口腔衛生管理の充実」が挙げられ、居宅介護支援ではサービス利用者の口腔に関する問題や服薬状況などの医療機関への情報伝達がケアマネジャーに義務づけられる。

【今後の問題点】
次回の診療報酬改定は2年後の32年度(元号が変わるので2年度か)になるが、団塊世代がだんだんと後期高齢者になっていく時なので、経済状況は今回よりも悪化している可能性が高い。それよりも前の来年の10月には消費税率の10%への引き上げが予定されているが、前回の引き上げと同様に損税の問題が生ずるので適切な対応が必要である。3月27日の自民党の財政構造あり方検討小委員会では後期高齢者の自己負担を2割に引き上げる中間報告案が了承され、4月11日の財政制度等審議会9)では、医薬品の自己負担の引き上げ、少額の受診時の追加負担、自治体別の診療報酬などの検討項目が挙げられた。また今回は見送られたが、「初診月に実日数1日のみの歯科疾患管理料の算定を認めない」ことなどは答申書の付帯意見にあり再度検討されるであろう。

【感想】
東京都の最低賃金が大幅に上昇したためか、近年人件費が歯科診療所の経営を圧迫していると感じているのは私だけではないと思う。そして材料価格、技工代も上昇してきている。今回の診療報酬改定をみると、増点したければ訪問診療をしなさい、地域包括ケアシステムに参加しなさいと言われている。すべての先生が訪問に行ける環境、状況ではなく、後継者のいない60歳以上の先生は自分の診療所に新たな投資をするのをためらっているのが現状ではないか。
「かかりつけ歯科医」には一定以上の訪問をしないとなれないのでしょうか?医科の「かかりつけ医」は決められたかかりつけ医研修を受講すれば良く、往診に行く必要はない。以前「かかりつけ初診・再診料」が歯科にあったがこれも訪問とは無関係であった。「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」の名称を「訪問診療歯科医機能強化型歯科診療所」に名称変更するのが良いと思うが、「かかりつけ歯科医」とは自分から名乗るものでなく、患者が選ぶものではないでしょうか?
平成30年度予算に「歯科健康審査推進等事業」があるが、どのように使うのでしょうか?歯科健診の受診率を向上させるために保険に歯科健診を導入し、義務教育が修了以降の人は一部負担金が発生するが、自分が受診したい診療所で年1回の歯科健診が受診できるようにすることを提案する。

【引用資料】
1)日本の地域別将来推計人口(平成30年推計):国立社会保障・人口問題研究所
2)経済財政運営と改革の基本方針:2017/6/9 内閣府
3)平成30年度・予算に関する要望:2017/6/29 日本歯科医師会プレスリリース
4)平成30年度診療報酬改定に向けた基本方針:2017/12:11 社会保障審議会医療部会
5)大臣折衝:2107/12/18 厚生労働省
6)第48回衆院選自由民主党公約:2017/10/10
7)平成30年度歯科保健課関係予算概算要求:2017/10/11 厚生労働省
8)平成30年度診療報酬改定について:2018/2/7 厚生労働省
9)財政制度等審議会:2018/4/11 財務省