6.生活習慣病

生活習慣病について

平成29年11月16日 奥沢康彦

【はじめに】
生活習慣病という言葉は、今では馴染みのあるものになっていますが、この言葉がいつ頃から使われだしたのか、なぜ生活習慣病と名付けられたのかそのあたりから探ってみたいと思います。そして、生活習慣病とはどのような疾患をいうのか、また歯科疾患との関りも調べてみます。後半では、歯科疾患特に歯周病を管理して行くことで、生活習慣病が改善できるのかについて、考えてみます。

【成人病から生活習慣病へ】
生活習慣病1)とは糖尿病・脂質異常症・高血圧・高尿酸血症など、生活習慣が発症原因に深く関与していると考えられている疾患の総称である。一方、「成人病」という概念2)は、医学用語ではなく、昭和30年代に「主として、脳卒中、がん、心臓病などの40歳前後から死亡率が高くなり、しかも全死因の中でも上位を占め、40歳~60歳の働き盛りに多い疾病」として行政的に提唱されたものである。それが1990年代後半になって、成人病の発症には生活習慣が深く関与していることが明らかになってきた。従ってこれを改善することにより疾病の発症・進行が予防できるという認識を国民に醸成し、行動に結び付けていくために、新たに、生活習慣に着目した疾病、生活習慣病という概念を導入した。我が国において、生活習慣に着目した呼称としては、「習慣病2」(日野原重明、1978)」、「生活習慣病(川久保清、1991)」などの用語が認められる。諸外国においては、英国において「life-style related disease(生活様式関連病)」などが認められる。

【生活習慣病の定義、範囲】
生活習慣に着目した疾病概念の導入にあたって、「生活習慣病」という呼称を用い、「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活習慣が、その発症・進行に関与する疾患群」と定義する。「生活習慣病」の範囲については、以下に例示するような生活習慣と疾病との関連が明らかになっているものが含まれる。
1)食習慣:2型糖尿病、肥満、高脂血症、高尿酸血症、循環器病、大腸がん、歯周病等
2)運動習慣:2型糖尿病、肥満、高脂血症、高血圧症等
3)喫煙:肺扁平上皮がん、循環器病、慢性気管支炎、肺気腫、歯周病等
4)飲酒:アルコール性肝疾患等

【齲蝕は生活習慣病か】
厚生労働省の「生活習慣病」の範囲には入っていないが、齲蝕が「生活習慣病」の範囲に入るのかを調べてみた。「デンタルカリエス原著第2版」2013年3)によると、翻訳の序にかえてのところに以下の記述がある。齲蝕も微生物の生物活性すなわち糖質からの酸産生による歯面の脱灰に始まるが、この生物活性は500種を超すといわれる口腔細菌に広く分布する代謝活性であり、微生物種によってその多寡はあるものの、特定の微生物種にその原因を求めることは難しい。また、脱灰という現象は、歯表面とそこに生息する共生微生物叢の境界で生ずることから、ホスト防御反応はそれほど強くなく、むしろ常在細菌叢との共生を図っているものと思われる。さらに、微生物叢齲蝕誘発能は、その酸産生活性だけでなく、食習慣や唾液などのホスト因子、すなわち口腔環境によっても規定される。このため、齲蝕はいわゆる“感染症”というよりも、歯学に独特の多因子性疾患や、(食)生活習慣病と捉えられる微生物性疾患である。

【疾病の要因と生活習慣】
健康を左右する要因4)には、遺伝、年齢(加齢変化)、性別など自分で変えることができない遺伝的要因と、細菌・ウイルスなどの病原体が体内に入る外部環境要因、食生活・運動などの生活習慣要因に大別される。

図01

それでは、歯周病は生活習慣要因による生活習慣病だけと規定できるのだろうか。歯周病は感染症ともいわれ、以前はPG菌が関与していると言われていた。また、古くはリンデの「臨床歯周病学」7)に遺伝要因の記述も多く見られ、最近では東京医科歯科大学大学院教授の和泉雄一教授より、「NOD2」遺伝子が侵襲性歯周炎に影響していると、「Journal of Dental Research」8)に発表された。つまり、歯周病の発症は、環境要因・遺伝的要因・生活習慣要因によって左右される。

【健康日本215)について】
2010年を目指した健康づくり運動として、21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)が、2000年度から開始された。健康日本21の基本理念においては、生命の延長だけでなく、生活の質(QOL)を重視すること、生涯にわたる健康づくりの視点を取り入れること、環境づくりの重視などを特徴としている。健康日本21では、大きな課題となっている生活習慣や生活習慣病を(1)食生活・栄養、(2)身体活動・運動、(3)休養・こころの健康、(4)たばこ、(5)アルコール(6)歯の健康、(7)糖尿病、(8)循環器病、(9)がんの9つの分野で制定し、それぞれの取り組みの方向性と目標を示している。各論において、基本方針・現状と目標・対策・目標値のまとめが述べられている。

【歯周病と生活習慣病】
歯周病と全身疾患についてはいくつか報告があるが、ここでは特にその中でも生活習慣病と歯周病の関連について考えてみる。
1.心臓疾患・脳血管疾患
歯周病原因菌やその内毒素が血管内に侵入して、動脈硬化を誘導する物質が放出され、血管内にアテローム性プラークが形成されて血管が閉塞していくことで生じる。歯周病に罹患していると、心血管疾患の発症リスクは1.15~1.24倍高まると言われている。
2.糖尿病
歯周病は糖尿病の第6の合併症である。また最近、歯周病になると糖尿病の症状が悪化すると言われている。つまり、歯周病と糖尿病は、互いに悪影響を及ぼしあっていると考えられる。
歯周病菌は腫れた歯肉から血管内に侵入し、その内毒素は血糖値に悪影響を及ぼす。血管中の内毒素は、脂肪組織や肝臓からのTNF-αの産生を強力に推し進める。このTNF-αは、血液中の糖分の取り込みを抑える働きもあるため、血糖値を低下させる作用を持つインスリンの効きを阻害する(インスリン抵抗性)。
3.骨粗鬆症
閉経後骨粗鬆症の患者さんにおいて、エストロゲンの分泌が少なくなると、全身の骨が脆くなるとともに、歯槽骨も脆くなる。また、歯周ポケット内では、炎症を引き起こす物質が作られ、歯周炎の進行が加速される。
4.肥満症・メタボリックシンドローム
メタボリックシンドロームとは、ウエスト周囲径が男性で85㎝、女性で90㎝以上を基盤とし、さらに、1)血中脂質異常 2)高血圧 3)高血糖の3項目のうち2つ以上に異常が見られる病態をいう。メタボの判定基準に当てはまる数が多いほど、歯周病のリスクが高まるという研究結果や、歯周ポケット保有者は、メタボ指標が陽性になるリスクが高いという報告もある。

【歯科医院でできる生活習慣病予防】
以上みてきたように、歯周病と他のいくつかの生活習慣病は互いに深い関係にある。従って、歯科医院で毎日の食生活を含めた生活習慣を見直し、歯周病を予防することで生活習慣病を予防することは可能であろう。ここでは特に、糖尿病について考えてみたい。歯科医院における、生活習慣指導は歯科衛生士が重要な役割を果たす。そこで、糖尿病予防指導のできる歯科衛生士の育成が必要となる。
1)糖尿病療養指導士
日本糖尿病療養指導士機構とは別に、全国各都道府県において、独立した機構で独自に運営されている。認定規定・受験資格・研修基準はそれぞれ独自に定められて、各県によって違いがある。歯科衛生士にとって、難しい基準ではないので、資格取得を目指したい。
2)糖尿病予防指導認定歯科衛生士6)
日本歯科衛生士会が、昨年新たに「糖尿病予防指導認定歯科衛生士」を創設し、育成を開始した。最初の3年間の育成を徳島大学歯学部が委託を受けた。本年は55名の「糖尿病予防指導認定歯科衛生士」が誕生した。この認定衛生士が、地域の診療所においてどのように活躍できるかは、これからの問題であるが、歯科衛生士が糖尿病予防指導に取り組み始めたことを、社会に周知していくことは必要であろう。
3)歯科医院での食事指導
私の医院でも、何人かの患者さんは糖尿病の治療を続けながら来院してくれています。そのなかで、担当歯科衛生が食事指導したことで、HbA1cが変化したケースを報告します。10年以上通っていただいている患者さんです。平成25年1月から食事指導をはじめ、当初7.1だったHbA1cが、4か月後の5月には6.5まで下がりました。この間、患者さんに対する、注射の量や回数は変わっていません。食事の改善だけで、HbA1cが0.6下がりました。

【まとめ】
なぜ、歯科医院での食事指導でHbA1cが変化するのでしょうか。
1.歯科医院では、歯周病で通院している患者さんと、歯科医師・衛生士が毎月かかわることができ、継続的なアプローチができる。
2.歯周病治療が成功した患者さんは、歯科医師・衛生士を信頼しているので、歯科医院側からの呼びかけによる食事の話を受け入れてくれて、実行に移すことが可能である。
3.糖尿病患者さんが通院している医科医療機関においては、残念ながら食事指導を十分に行うことが難しい。医師は、薬の量や注射によってHbA1cをコントロールすることをめざし、栄養指導は管理栄養士の仕事だが、絶対的な数が不足しているように思われる。
以上のことから、歯科医院での食事指導によっても、生活習慣病の改善への一つの方向があるように思える。

 

参考文献
1.ウイキペディア 「生活習慣病」
2.生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向性について 厚生省 1996.12.8
3.「デンタルカリエス原著第2版」 高橋信博、恵比須繁之訳 医歯薬出版
4.生活習慣病の基礎知識 東京慈恵会医科大学総合健診・予防医学センター 和田高士
5.健康日本21  厚生労働省による取り組み 生活習慣病の1次予防を目指す運動6.「歯科衛生士による糖尿病予防指導への期待」 松山美和 日本歯科評論 2017
7.「臨床歯周病学」 ヤン・リンデ 岡本浩訳 医歯薬出版 1992.4
8. Journal of Dental Research Online 「 Association of NOD2 mutations with aggressive periodontitis」和泉雄一・田中敏博・須藤毅顕 2017.7