4.高額薬剤と医療費

平成29年2月9日  田中 良彦

【はじめに】
平成28年4月の財政制度等審議会1)でがん治療薬「オプジーボ2 )」が話題にあがった。この超高額薬剤が“国を滅ぼしかねない”と言われている。今後、医療費は高齢化が進展するために後期高齢者制度の医療費国庫負担が伸び、医療技術の進歩と高度化により増加するのは明らかである。新薬開発に莫大な費用を注ぎ込み多額な利益を得ようとする製薬会社、画期的な新薬で延命を待ち望む患者、医療費の増加を食い止めたい政府、診療報酬の増額をもくろむ医師会など、それぞれの思惑が絡む状況を歯科医師の立場から考えたい。

【オプジーボとは】
抗がん剤は分子標的薬が登場してから、その効果は劇的で末期がん患者が日常生活を送れるまで回復するような症例が医療現場で見られるようになった。それに伴い価格は高額化し、小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ点滴静注」は26年9月に発売され、薬価は100㎎1瓶で73万円と高額で1年間26回使用を想定すると3,500万円かかる。最初は適用が悪性黒色腫に限られていたが、翌年の12月には非小細胞肺がんも適用となった。悪性黒色腫の患者は470人程度で年間31億円と想定していたが、非小細胞肺がんは少なく見積もっても約5万人が対象者となり1兆7,500億円となる。さらに28年8月に腎細胞がん、12月にホジキンリンパ腫が適用に追加された。

 【新薬の適正価格】
28年4月の中央社会保険医療協議会3)(中医協)で診療側委員は「密室で価格が決められ、年間売上高が1千億円を超える医薬品が出てくる。根本的に制度を見直すべきだ」と発言した。薬価が高騰する理由はコストが高い生物製薬が増えているためと、製造コストと研究開発費と営業利益等を積み上げる原価計算方式では企業の言い値で薬価が決まりやすいためである。そして海外の薬価と比較して大幅に高いことから費用対効果での薬価再算定を29年度より行うことが決まった。27年度の「オプジーボ」の売り上げ予想は1,260億円、抗がん剤の「カドサイラ点滴静注」、他にはC型肝炎治療薬「ハーボニー」は3ヵ月分で670万円、「ソバルディ錠」、「ヴィキラックス配合錠」、「ダクルインザ錠」「スンべプラカプセル」」の7品目を特例拡大再算定制度の対象とし、28年度の売り上げ予想が1.500億円超だと50%の引き下げ、1,000〜1,500億円だと25%の引き下げすることとした。平成29年2月の中医協ではオプジーボと同じ適用のがん免疫治療薬「キイトルーダ」を薬価を半分にして保険適用薬とすることを了承した。
11月の経済財政諮問会議4)で塩崎厚生労働大臣は通常薬価の改定は2年に1回だが、高額薬剤の値下げを最大年4回実施する方針を明らかにした。また同月の中医協5)総会で「オプジーボ」の28年度の売り上げ予想を1,500億円超と見積り、薬価を50%引き下げ半額とし、29年2月1日から実施された。しかし半額になっても対象患者が増えたので利益は十分に見込める。

 【高額療養費制度】
「オプジーボ」は1年間で3,500万円もかかる薬剤なので、3割負担の場合は普通1千万円以上の患者負担となるわけだが、高額療養費制度があるために標準報酬月額が50万円以下の人は年100万円以下の負担で済む。70歳以上75歳未満の一般所得者は1カ月の外来自己負担限度額が12,000円なので、年間わずか144,000円となる。この制度がまさに“国を滅ぼしかねない”わけである。
11月の社会保障審議会6)の部会で70歳以上の自己負担限度額を70歳以下と同様に5段階に所得区分し、29年8月と30年8月に段階的に引き上げることを提案した。さらに1カ月の限度額まで達した月数により限度額を引き下げる「外来特例」制度の廃止を検討している。政府は29年度の社会保障費の自然増を1,400億円程度に抑えることをめざしており、これにより650億円以上の予算削減効果があるとしている。

 【今後の展望】
29年には戦後の第1次ベビーブーム(昭和22~24年)に生まれた団塊の世代が70歳代に突入し、医療費の増大を逃れることはできない。不治の病を画期的な新薬の開発により、完治や延命することはすばらしいことである。しかし一部の患者がその恩恵を受けたために財政が悪化し、医療保険制度が破たんしては多くの国民が不幸になるだけである。
まずその高額薬剤の適用を明確にしてから保険適用薬にすべきである。どのような症例で効果が高いかを臨床的に確かめ、投薬開始前に対象患者を特定すれば無駄がなくなる。そしていつ投薬を中止するのかなどの適正使用のガイドラインを策定してから保険適用薬に認定し、それまでは急いで利用したい患者には適用外薬として私費で用いて、所得税の医療費控除で対応すればよいのではないか。
つぎに高額療養費制度であるが、生死に関わることなので受益者負担を増加すべきだと思われる。年間治療費が3,500万円でも100万円でも自己負担限度額が同額なのは不自然なので、年間1,000~2,000万円では限度額を100万円、3,000万円までは200万円、3,000万円以上は300万円とすれば患者は必要以上の治療を望まなくなるのではないか。
そして2月からの薬価引き下げで生じる財源は、28年度診療報酬改定時に麻生太郎財務大臣が「薬価財源は診療報酬に転嫁しない」と明言しているので期待ができない。

 【歯科医師としての私見】
近年「増え続ける医療費をどうするか」という議論が政府や国民で起きるなか、歯科界には無縁な話でここ数年歯科の医療費は横ばいの状態である。高額薬剤も歯科には蚊帳の外で、歯科用薬剤は昨年4月時点で26あるが、最も高額なのが「ペリオクリン歯科用軟膏」で1シリンジ607.3円であったが、11月に歯周炎による骨欠損部位に効能・効果がある「リグロス歯科用液)」の保険適用が中医協で承認され、600ugが20670.9円、1200ugが27802.9円と最高額となった。しかしこれは「オプジーボ」の何千分の一の値段でありコメントのしようもない。
社会保障費の抑制が予算化されているので、今後の診療報酬の増加は望めない状況ではあるが、最低でも「歯科医療従事者の環境の向上」を政府に働きかけ実現させ、それには選挙対策のために消費税の値上げを延期したのを早く中止して、社会保障費のための安定財源を確保させたい。

 【参考資料】
1.財政制度分科会 議事録 2016.4.4 財務省
2.オプジーボ 小野製薬工業株式会社HP
3.第330回 中央社会保険医療協議会 総会 議事録 2016.4.13 厚生労働省
4.平成28年第19回 経済財政諮問会議 議事録 2016.11.25 内閣府
5.第339回 中央社会保険医療協議会 総会 議事録 2016.11.16 厚生労働省
6.第100回 社会保障審議会医療保険部会 議事録 2016.11.18 厚生労働省
7.リグロス歯科用液 科研製薬株式会社HP